2年間で高卒認定試験から東京大学へ。
「外部電源理論」と社会実験シリーズ
「妹が高校を辞めたんです。病気がちで入院生活が長くて、そのまま通えなくなって……。本人も勉強の仕方がわからないみたいで、教えてやってくれませんか」
同僚からそう相談を受けたのが、すべての始まりだった。
彼女の人生が始まって、まだ十数年。そのわずかな年月の中で、長期入院という「不可抗力」によって、彼女のキャリアは強制停止させられていた。
正直に言えば、僕はその状況を、あまりに不条理で、あまりに「もったいない」と思ったのだ。
彼女が当初望んでいたのは、まずは「高卒認定試験(高認)」への合格という、人生のチェックポイントを通過することだった。この先、どんな道に進むにせよ、高校卒業程度の学力が必要になるのは目に見えていたからだ。
けれど、僕は思った。
ただ試験に受かるためだけに、貴重な時間を費やすのはあまりにつまらない。知識を得るなら、単なる暗記で終わらせるのはもったいない。いっそ、日本で一番高い壁に挑めるくらい、彼女の「仕様」をアップデートしてしまおう。
「せっかく勉強するなら、東京大学を目指せるレベルまでやってみない?」
僕はそう提案した。
こうして、一人の少女の知性を再起動させる「社会実験」が始まった。
学ぶ側と「僕」の役割―――知性のエンジンを回すための「外部電源」
僕の役割は、彼女の代わりに走ることではない。
ましてや、手取り足取り教える「教師」という情緒的な存在でもない。このプロジェクトにおいて、僕が担う役割は、あくまで『外部電源(スターター)』という名のシステムだ。
自動車のエンジンは、一度動き出しさえすれば、自ら電力を生み出し、燃料を吸い込み、爆発を繰り返して自律的に回転し続ける。これを「自走」と呼ぶ。
けれど、長期の放置によってバッテリーが上がり、完全に冷え切って停止した状態から「最初の一回転」を始めるには、外部からの強烈な電力供給が必要になる。
それが外部電源としての僕の役割だ。巨大なシステムであればあるほど、動き出す瞬間の「一転がし」にこそ最大のエネルギーを必要とする。
「勉強の仕方がわからない」
と立ち尽す彼女は、まさに自力での始動が困難な、最初の一回転を待っている状態だった。
止まったマシンを後ろから延々と押し続けるのは、僕の仕事ではない。彼女の知性という巨大なエンジンのギアに、僕という外部電源を接続し、最大の静止摩擦力を突破するだけの火花を散らすこと。
一度爆発が起きれば、あとは彼女自身の知性が自律的に回り始める。そのサイクルを確立させること。そうなれば、僕というシステムは速やかにケーブルを切り離し、彼女の視界から消える。
それが、僕という「外部電源」がこの社会実験に介在する、唯一にして最大の理由だ。
時間的制約―――4,800時間という「軍資金」の運用
「高卒認定から東大なんて、無理に決まっている」
周囲から投げかけられるのは、そんな言葉だろう。だが、手元にあるリソース(資源)を棚卸ししてみれば、事実はその真逆であることがわかる。
誤解しないでほしいのは、僕たちは決して、見込みのない「無理心中」をしようとしているわけではない。冷静に計算し、勝てる算段があるからこそ、このスケジュールを組み立てた。
(そもそも僕は、勝てない闘いはしない主義だ)
- 2026年8月: 高卒認定試験(プレ走行)
- 2028年3月: 東京大学 入学試験(本戦)
「学校」という名の渋滞を回避する
現役の高校生は、平日の大半を「学校の授業」という、個人の進度を無視した一律のシステムに拘束されている。
卒業までには、優に2,000時間を超えるリソースが、この渋滞に消費されている。
高校を辞めた彼女には、この2,000時間が丸ごと残っている。
高卒認定試験にかかるコストは、僕の設計なら300時間程度。残りの時間はすべて、共通テストや二次試験という単一の目的に向けてフルブーストできる。
総リソース「4,800時間」の算出
病気という不確定要素(ノッキング)を最大限考慮し、1日の平均稼働時間は「6時間」とあえて低めに設定した。
800日 × 6時間 = 4800時間
これは、他人に邪魔されない「純粋に自分の課題のみに向き合う濃密な時間」だ。
現役生が3年間で受験勉強に割ける実質的な時間を考えれば、彼女は同世代の約2倍の練習走行を積める計算になる。
「現役」という時間軸への帰還
2025年12月に高1で退学した彼女にとって、2028年4月の大学入学は、同年代がストレートで進学するタイミングと完全に一致する。
このデッドラインは、彼女が失った時間を社会的な時間軸に「現役」として復帰させる設計にした。
第3章:モチベーションの動態管理 ―――「認知出力」と「冷却性能」の最適化
「2年もモチベーションが続くはずがない」
周囲からはそう思われるかもしれないし、あるいは本人もそう感じているかもしれない。
しかし、この実験において、僕は「やる気」や「根性」といった不確定な感情を管理指標には採用していない。
僕が観測しているのは、彼女の精神状態ではなく、モニター越しに検知される「認知出力(アウトプット)」と「冷却性能(リカバリー)」の定量的な数値だけだ。
遠隔診断による「思考のラグ」の検知
彼女と遠方に住む僕にとって、定期的なZoomでの対話は、システムのコンディションを診断する重要な「メンテナンス」の時間なのだ。
まず「最近の調子は?」と問いかけるが、本人の主観的な申告をすべて鵜呑みにする必要はない。そのあとに、直近の学習内容の雑談、とりとめのない話、オタ活の話題、問題を解いた時の解法などあらゆるアプローチで彼女の精神状態を測る。
- 高効率モード: 語彙が鋭く、論理の結合が極めて速い。
- 低効率モード: 応答にわずかな「ラグ(遅延)」が生じる。
この微細な遅延こそが、脳が発するサインである。
それが単なる「知識不足」であれば、不足している知識を補給すれば解決する。
しかし、原因が「疲弊」にある場合、どれだけ知識を詰め込んでも正常には動かない。システムを摩耗させるだけ。その際は、速やかに「休止」を選択する合理性が求められる。
モチベーションを客観的にコントロールする
モチベーションを維持、あるいは向上させるためのアプローチは多岐にわたる。
しかし情緒的な励ましは、今「その瞬間」の着火剤にはなっても、長期的かつ安定的な駆動を支えるには堅牢性を欠いている。
そこで僕は、彼女にまず「小学2年生から6年生までの学習」を、わずか2ヶ月で完遂させた。
長期にわたる入院治療の影響で、彼女の知識ベースには、本来中学生に備わっているべき基礎が欠落した、いわば「論理の歯抜け状態」が散見されていた。
この欠損箇所を埋めるための「総点検」が必要だったのは事実である。
しかし、この工程に込めた意図は、別にある。
それは、彼女自身に「自分の出力特性がいかに卓越しているか」という揺るぎないエビデンスを持たせることだった。
人間は「不可能だ」というバイアスが強くかかると、無意識に出力にリミッターをかけてしまう。しかし、外部の人間が「君の今の性能なら、この負荷は余裕で許容範囲内だ」と論理的に示せば、人は驚くほど冷静に、そして鮮やかに限界値を突破していくものなのだ。
僕はこれから、口八丁手八丁、一級の詐欺師よろしくモチベーションを客観的に提示していこうと考えている。彼女が彼女自身を鮮やかに説得して大車輪を回せる時が来るまで。
システム保護のための「能動的な介入」
僕の役割は、彼女を鼓舞することだけではない。
むしろ、彼女が主観的な熱量に任せて回転数を上げすぎようとした際に、適切に「リミッター」を機能させることだ。
Zoom越しに思考のわずかな「澱み」を検知したとき、僕はこう声をかける。
「少し返答が遅れているね。これ以上続けても効率が下がるだけだから、今日はここまでにしよう。明日またクリアな頭で始めるために、今はしっかり休んでね〜」
本人の「まだやりたい」という意欲すら、時として「オーバーヒートの予兆」として冷静に却下する。
またこれは、モチベーション維持高揚のためにもよい。
人間は「完了したタスク」よりも「中断されたタスク」を強く記憶し再開したいという欲求をもつ生き物だ。この心理的リアクタンスを的確についていく。
半年後の高卒認定試験、2年後の共通テスト、東京大学二次試験で最高の結果を出すことから逆算し、今日の冷却を優先する
さいごに:僕が彼女の中に構築したいもの
この社会実験の果て、おそらく彼女は合格という結果を得るだろう。
けれど、結果以上に重要な、これからの長い人生航海を自由に渡りぬく『3つの知的な規律』を、彼女の中に構築すること。それこそが、僕の真の目的なのだ。
「人はいつからでも変われる」という意識
「地頭」や「才能」という言葉で片付けられがちな定性的な主観も、分解してみれば「冷静な分析」と「日々の習慣(ルーチン)」の積み重ねに過ぎない。どんなに冷え切ったエンジンも、正しい手順で火を入れれば必ず回り出す。その成功体験を彼女の血肉にし、骨に染み込ませ精髄にする。
「自分はいつからでも変われる」という揺るがない意識を持ってほしい。
逆境すら「娯楽」に変えられる強靭さ
病気、中退、空白期間。それらを「悲劇」として嘆くのではなく、「高難易度の攻略対象(コンテンツ)」として面白がれる知的なタフさ。
「この最悪なコンディションを、どう攻略してやろうか?」という視点を持てたなら、人生に「詰み」はなくなる。この先どんな困難に出会っても、それを楽しむ余裕が、彼女を支え続ける最強のトルク(回転する力)になるはずだ。
「知恵と知識」という、自分を自由にする力
「どうせ無理だ」という感情的な壁を、論理と知識という名の「羅針盤(コンパス)」で乗り越えていく快感。
先人たちが積み上げてきた「学問」というツールを使って、自分の限界を見極め、時には休み、時にはアクセルを思い切り踏み込む。
この2年間で培う技術は、彼女が長い人生を自由に走り続けるための「自己管理のOS」になる。「わからない」という霧を自力で晴らし、降りかかる火の粉を払い除け、行きたい場所へどこへでも行き、自分も愛する人も守れるだけの「知性の自由」があると、彼女自身の手で証明してほしいと切に願う。
【予告:社会実験のログについて】
今後は、このプロジェクトの進捗をシリーズとして更新していく。
具体的な勉強の方法、勉強の結果はもちろん、彼女自身が抱いた悩み、そして計画に遅れが出た際の「修正の技術」など、リアルな運用の裏側を綴っていく予定です。
この記録は、決して彼女一人のためのものではありません。
学校の勉強、資格試験、あるいは学び直し――。
「最初の一回転」が重く、足踏みをしてしまっているすべての方にとっても、停滞した現状を打破するためのヒントになるはずです。
理論が現実をどう変えていくのか。
そして、止まったシステムをどうやって再起動させ、目的地まで走らせるのか。
その走行データを、どうぞ一緒に見届けてください。

